同じ地域のプロジェクトなのに、会議に出ている人によって「良いKPI」の定義が食い違う。数字を出しても「それは成果と言えるのか」と差し戻される。逆に、行政側が置いた指標を見せられて「それを追って何になるのか」と感じる。地域のマーケティングでは、この噛み合わなさがほぼ必ず起きます。
原因は担当者の力量ではありません。地域マーケティングのKPIは、その予算がどの制度から出ているかによって、指標の作法そのものが変わるからです。同じ「満足度」という指標が、ある制度では明確に退けられ、別の制度では必須項目に指定されています。作法の違う複数の体系を、一つのテーブルの上で議論しているのが噛み合わない理由です。
この記事では、地域マーケティングのKPIを、制度ごとの作法の違いから整理します。そのうえで、関係の質のような「測りにくいが意味のある指標」を制度に通す手順と、途中で人が離脱しないための中間KPIの置き方を扱います。地域マーケティングの全体設計は地域マーケティングとは|地方企業・自治体が押さえる全体設計で、地域創生マーケティングの進め方とKPIの基本分類は地域創生マーケティングとは?地方創生との違い・デジタル活用の進め方とKPIで扱っています。本記事はその先の、制度と年度と合意の話です。
解像度の低いKGI・KPIは、だいたい達成されない
KPIは英語のIndicator、つまり指針や標識にあたる言葉です。指標は、何かを直接コントロールする道具ではなく、いま進んでいるかどうかを判定するための目印にすぎません。目印である以上、「何を達成しようとしているのか」という前提が変われば、見るべき点も変わります。
ここが地域マーケティングで最初につまずく箇所です。関わる主体が複数いて、それぞれの前提が違うまま、指標の議論から入ってしまう。すると「交流人口を増やす」「地域を盛り上げる」といった、誰も反対しない代わりに誰も動けない目標に着地します。
解像度の低いKGI・KPIを置いた目標は、だいたい達成されません。達成されないというより、達成したかどうかを誰も判定できないので、翌年また同じ議論から始まります。地域のプロジェクトが数年経っても前に進んでいる感じがしないとき、原因は熱量ではなく、目標の解像度にあることが多いです。
解像度を上げるために最初にやるのは、指標を細かくすることではありません。前提を先に固めることです。地域マーケティングにおける前提とは、具体的には「その予算がどこから出ているか」です。
地域マーケのKPIには、前提が3系統ある
地域のマーケティング施策の財源は、実務上ほぼ次の3つに整理できます。そして3つとも、指標に求める性質が違います。
一つのプロジェクトの中に、複数の系統が同時に存在することも珍しくありません。自治体が交付金で場を作り、DMOが送客を担い、地元企業が自社予算で常設の運用を回す。この構成自体はよくある形です。問題は、それぞれの系統が別の作法で指標を持っているのに、会議では同じ「KPI」という一語で呼ばれていることです。
以下、系統ごとに何が求められるのかを、一次資料から確認していきます。
系統1|交付金:客観・直接・妥当という3つの関門
内閣府が出している『地方創生事業実施のためのガイドライン』は、交付金事業のKPIについてかなり具体的なところまで書いています。まず、設定にあたっての基本的な視点が3つ示されています。
視点1:「客観的な成果」を表す指標であること 視点2:事業との「直接性」のある効果を表す指標であること 視点3:「妥当な水準」の目標が定められていること
この3つが、そのまま3つの関門になります。
指標は3層に分かれ、民間の呼び方とは用語が違う
ガイドラインは、指標を3層に分けて設計することを求めています。民間のマーケティングで一般的なKGI・KPI・先行指標の3階建てとは、用語も切り方も違います。
ガイドラインは、事業のアウトカムを基本としつつ、活動量を示すアウトプットも併せて置くことが望ましいとしています。目標に近い順に並べると、総合的なアウトカム、事業のアウトカム、事業のアウトプットの順です。
民間側の言葉に対応させるなら、総合的なアウトカムがKGI、事業のアウトカムがKPI、事業のアウトプットが先行指標におおむね相当します。ただし一対一で対応させて安心しないほうがいいです。制度側の「事業のアウトカム」は、後述する直接性の要件が効くため、民間のKPIより範囲がかなり狭くなります。目的別のKPIツリーの組み方そのものはSNS運用のKPI設定|フォロワー数を捨て、目的別KPIツリーで設計するで扱っているので、型の部分はそちらを参照してください。
満足度が退けられる
地域の施策では、アンケートの満足度を成果として提出したくなる場面が多くあります。しかしガイドラインは、これを明確に退けています。
交付金事業の達成度を評価するためには、事業参加者の満足度のような主観的な指標はふさわしくありません。
さらに、悪い例として「イベント参加者満足度[×]」を挙げたうえで、こう注記しています。
満足度等の主観的な指標は、一般的には事業の効果を計る尺度の1つではありますが、具体的かつ客観的な成果が求められている交付金事業のKPIとして設定することには慎重であるべきです。
あわせて、数値であること、そして「(推計値ではなく)実測可能なこと」「ダブルカウントが生じぬこと」も求められています。推計に頼った数字や、複数事業で同じ人を重複して数えた数字は、この時点で外れます。
「地域全体の数字」が使えない
もう一つ、実務で外しやすいのが直接性です。ガイドラインは、事業の成果として説明できない指標を退けています。挙げられている悪い例が具体的です。
市町村全体の観光入込客数[×]→市町村全体の観光客数には当該キャンペーン以外の観光客数も含まれるため、交付金事業によって現れた成果だと説明できません。
地方公共団体の定住人口[×]→事業との因果関係が不明確です。
地域の施策の成果として真っ先に出したくなる「観光入込客数」と「定住人口」が、両方とも例として否定されています。地域全体の数字は、その事業以外の要因を大量に含んでいるためです。
なお費用対効果についても、事業コストに比べて目指すアウトカムが著しく小さい場合は「その事業そのものを見直す必要があります」と書かれています。指標の話が、事業を続けるかどうかの話に直結する構造になっています。
系統2|DMO:同じ国の制度で、満足度が必須KPIになる
ここまで読むと「地域の施策で満足度は使えない」と結論したくなりますが、そうはなりません。観光庁が2025年4月に出した『観光地域づくり法人(DMO)によるKGI・KPI計測に係る手引書』では、満足度が必須KPIとして体系に組み込まれています。
新しいKPI体系は、観光地経営に係るKPIと、DMO組織経営に係るKPIの二階建てです。前者はさらに、マーケティング(対旅行市場)とマネジメント(対地域)に分かれます。
DMO組織経営の側にも「職員の満足度」が必須で入っています。KGIは経済波及効果と旅行消費額の2つで、その下に6つのKSF(重要成功要因)が置かれ、さらにその下に上表のKPIがぶら下がる構造です。
同じ国の制度でありながら、片方は満足度を主観的だとして退け、もう片方は住民満足度と来訪者満足度を必須に置いている。矛盾しているわけではなく、測ろうとしている対象が違うからです。交付金は個別事業に投じた公費の説明責任を問う制度で、DMOの登録要件は観光地としての持続可能性を問う枠組みです。前提が違うので、良い指標の定義も変わります。
もう一つ、この手引書には実務上効いてくる仕様があります。KGIのうち経済波及効果は3年ごとの計測とされています。つまり制度が用意した最上位の指標が、そもそも毎年動く数字として設計されていません。この点は後述する年度の話に直結します。
系統3|自社予算:測りにくい指標を主KPIに置ける唯一の枠
3つ目が、地元企業の自社予算や地域商社の自主財源で回す部分です。ここは外部の制度の作法に縛られません。
地域マーケティングとはでは、「測れるが意味のない指標」と「測りにくいが意味のある指標」を区別し、後者を主KPIに据えることが地域マーケティングの核心だと書きました。この主張が素直に成立するのは、実はこの系統3だけです。関係の深まりや、地域内での想起、当事者として関わってくれる人の増え方といった指標は、交付金の作法では通りません。
したがって実務上は、同じプロジェクトでも、系統3の部分に「意味のある指標」を置き、系統1・2の部分には制度が求める形の指標を置くという二段構えになります。片方に統一しようとすると、どちらかが必ず壊れます。制度側に寄せれば地域マーケティングとして意味のない数字だけが残り、意味のある指標に寄せれば公費の説明が通らなくなります。
最初に確認するのは「この予算はどの制度から出ているか」
以上を踏まえると、地域マーケティングでKPIを決める作業の最初の一手は、指標の候補出しではありません。その予算がどの制度から出ているかを確認することです。
順番としては次のようになります。
- この施策の財源はどれか(交付金/DMO関連/自社予算/混在)を確認する
- 混在している場合、どの部分がどの財源かを分解する
- 財源ごとに、その制度が求める指標の作法を確認する
- そのうえで、KGIと中間KPIを置く
- 制度に通らない形の指標は、通る形に翻訳する(後述)
会議で指標の議論が噛み合わないとき、たいていは1と2が飛ばされています。逆に、ここを最初に共有しておくと、「その指標はこの財源では通らないので、こちらに置き換えます」という会話が事務的に済みます。誰かの意見が否定されたわけではなく、制度の要件だからです。
中間KPIは、追いやすさとモチベーションで決まる
ここからが実務の山場です。地域マーケティングは成果が出るまでの時間が長く、KGIは年単位、場合によっては数年単位でしか動きません。前述のとおり、DMOのKGIである経済波及効果は3年ごとの計測です。その間、進んでいるかどうかを判定する目印がなければ、関わっている人が先に離脱します。
中間KPIは、そのために置きます。そして中間KPIの良し悪しを決めるのは、指標としての厳密さよりも、追いやすさと、意欲を折らない水準設定です。
追いやすさの3条件
追いやすい中間KPIには、次の3つが揃っています。これは実務の感覚であると同時に、内閣府のガイドラインが書いていることでもあります。
第一に、計測の頻度が確保できること。 ガイドラインは「毎月・四半期・半年など計測頻度が多く、タイムリーに集計・評価可能なKPIが相応しい」としています。年に1回しか取れない数字は、途中の判断に使えません。
第二に、計測の手間が軽いこと。 「多大なコストや労力を費やさなくても計測できるKPIを設定することが重要です」と明記されています。ここは軽視されがちですが、実務では致命的です。初年度は気合いで集計できても、2年目に誰も測らなくなる指標は、設計として失敗しています。
第三に、途中の到達状態が言語化されていること。 ガイドラインは「事業途中において、いつまでに、どんな状態を目指すのかを明らかにできるKPIを設定することが望ましい」としています。最終目標だけがあって途中の状態が定義されていないと、進んでいるのか止まっているのかを誰も判定できません。
水準の置き方を間違えると、人の意欲が先に折れる
もう一つが水準です。ガイドラインは、低すぎる目標と高すぎる目標の両方を退けています。
KPIとして到達を予め見込むことのできる、低い目標水準を設定することは、KPIの設定を形骸化し、事業の有効性や必要性を疑われることにもつながりかねません。
実態とかけ離れた高すぎる目標を設定してしまうと、かえって目標値の形骸化を招き、関係者の目標達成に向けた意欲の減退につながりかねません。
行政の文書に「意欲の減退」という言葉が出てくるのは珍しいのですが、地域の施策では実際にここが効きます。複数の主体が自分の本業を抱えながら関わっている構造では、指標が現実離れした瞬間に、その指標を見なくなるからです。見なくなった指標は、あってもなくても同じです。
「どの意図で置いた水準か」を明示する
水準の議論で揉めるとき、たいていは「高い/低い」を言い合っています。ガイドラインは、そこに一段別の視点を置いています。
理想の状態に対応する高い目標として設定するのか、一定の満足が得られる現実的な目標として設定するのか、絶対に達成すべき最低限の目標として設定するのか等、どのような意図をもって水準を設定するのかを明確にする必要があります。
つまり、同じ数字でも「これは理想値です」「これは最低ラインです」で意味がまったく違います。ここを明示せずに数字だけを出すと、片方は挑戦目標のつもりで、もう片方は必達目標だと受け取ります。未達だったときの空気がまったく変わるので、置いた時点で言葉にしておくのが実務的です。
「測りにくいが意味のある指標」を制度に通す4つの手順
関係の質や、地域内での想起、当事者意識の広がりといった指標は、地域マーケティングの本質に近い一方で、そのままの形では制度に通りません。通すには翻訳が要ります。手順は4つです。
手順1:主観を客観に置き換える。 「満足しているか」を聞くのではなく、満足していれば起きるはずの行動を数える形に変えます。アンケートの数字ではなく、行動の痕跡を取ります。
手順2:全体を直接に絞る。 市町村全体の来訪者数ではなく、その施策の対象施設・対象イベント・対象導線に限定した数字にします。範囲を狭めるほど、事業の成果として説明できるようになります。
手順3:推計を実測に落とす。 推計値ベースの数字は、ガイドラインの求める実測可能性を満たしません。取得元を先に決めてから指標を決める順番にすると、この問題は起きません。
手順4:重複を排除する。 複数の事業で同じ人を数えていないかを確認します。地域の施策は関係者が重なりやすいため、ダブルカウントが起きやすい領域です。
具体的には、「地域に愛着を持ってもらう」という目標は、そのままでは指標になりません。愛着があれば起きる行動に置き換えます。複数回訪れているか、地域内の活動に参加しているか、地域内で消費しているか。この3つは行動の痕跡なので実測でき、対象を絞れば直接性も確保できます。
一点だけ補足すると、こうして翻訳した指標は、翻訳する前の概念より必ず情報が落ちます。落ちた分は捨てるのではなく、定性の記録として別に残しておきます。制度に出す指標と、自分たちが施策を判断するための材料は、必ずしも同じである必要はありません。
年度の壁と、越えるための3つの道具
地域マーケティングの成果は年度をまたいで出ます。一方で自治体の予算は年度で切れます。この食い違いは、地方自治法に根拠があります。
普通地方公共団体の会計年度は、毎年四月一日に始まり、翌年三月三十一日に終わるものとする。(第208条第1項) 各会計年度における歳出は、その年度の歳入をもつて、これに充てなければならない。(第208条第2項)
これが会計年度独立の原則です。ただし同じ法律は、年度をまたぐための道具も3つ用意しています。ここが実務であまり知られていません。
いずれも予算として議会の議決を経て定めるものなので、当年度の途中で思いついて使えるものではありません。複数年度で回す前提の施策なら、予算を組む段階でどの道具に載せるかを決めておく必要があります。
ここが実務上いちばん見落とされる点です。「単年度予算だから継続的な取り組みができない」という言い方をよく聞きますが、正確には、複数年度で回す設計を予算編成の段階でしていないだけ、という場合が少なくありません。マーケティング側が予算の組み方に関与できるタイミングは、施策が始まってからではなく、その前年です。
なお、この年度の話とKPIの話は独立ではありません。単年度で区切られた予算に、3年かかって動くKGIをそのまま乗せると、初年度と2年目の評価が必ず「未達」になります。年度で切られる枠には、年度内に動く中間KPIを置く。KGIは複数年度の枠か、事業計画側で持つ。この切り分けが、前述した中間KPI設計の一番現実的な使いどころです。
複数主体でKPIを一つにする順番
地域マーケティングは、自治体・地元企業・住民組織・DMOなど複数の主体で回すのが前提です。指標を一つにまとめる作業では、順番が重要になります。ガイドラインはこう書いています。
官民協働による事業を進めていくためには、利害関係者や外部評価者の納得できる指標を設定し、KPIを活用して関係者同士が進捗状況等を共有しつつPDCAサイクルを稼動させることが重要です。
実務に落とすと、次の順番になります。
- 財源ごとの制約を先に共有する。 「この部分は交付金なので満足度は使えません」を、指標の議論の前に出しておきます。後から出すと、誰かの案を否定した形になります
- 各主体が譲れない指標を1つずつ出す。 全部を並べるのではなく、1つに絞ってもらいます
- 共通のKGIを1つ決める。 主体ごとに違うKGIを持つと、施策の優先順位が最後まで揃いません
- 中間KPIは主体ごとに分けてよい。 ここまで統一しようとすると、現場が自分の数字を持てなくなります
- 測る人と頻度を決める。 ここを決めずに終わると、2年目に誰も測っていません
3と4の切り分けが要点です。KGIは揃える、中間KPIは分ける。逆にすると、共通の目的地がないまま各自が別の方向へ進むか、現場が自分ごととして追える数字を持てないかの、どちらかになります。
実務でどう置いたか
当社が地域・自治体の案件で実際にKPIを置いてきた3件を並べます。財源も規模も違いますが、共通しているのは、どこまでをKPIにできたかを決めていたのが、計測手段に予算がついたかどうかだったという点です。
事例1|来訪までは測れず、リーチでKPIを切った(栃木市役所 広報課様)
- 制約:「蔵の街」の認知を、東京在住・東京勤務の20代〜30代に広げたい、という依頼でした。届けたい相手が市の外側にいる構造です
- 判断:プロモーション動画を制作し、頻繁に旅行へ出かける傾向を持つ層に絞って、Meta(Facebook・Instagram)でターゲティング配信しました。KPIは「狙った層にどれだけリーチできたか」に置いています
- 結果:リーチはKPIとして機能しました。一方で、その人たちが実際に栃木市を訪れたかどうかは測っていません。ビーコンやWi-Fiのデータで来訪を検証する方法を提案しましたが、そこまでの予算はつきませんでした
- 再現条件:KGI(来訪)とKPI(リーチ)の間に断絶があることを、始める前に合意しておくことです
この案件で押さえておきたいのは、KPIの範囲を決めたのが施策の重要度ではなく、計測手段の予算だったという点です。ここを曖昧にしたまま「リーチが伸びたのだから来訪も増えたはずだ」と報告に書くと、系統1では直接性の関門で差し戻されます。測れなかったものは、測れなかったと書く。そのうえで、来訪の検証にはいくら必要なのかを次年度の要求に載せる。この形のほうが、結果的に通ります。
栃木市役所 広報課様の取り組みは、関東近郊への観光PRをタウンビジョンで支援(栃木市役所 広報課様)でも扱っています。
事例2|計測に予算がついたので、「分散」を主KPIに置けた(神奈川県のある市)
- 制約:テレビ番組の影響で市内の歴史的な名所に観光客が集中し、オーバーツーリズムの解消が求められていました。求められていたのは「来訪者を増やす」ことではなく「来訪者を散らす」ことです。分散は、そのままでは数字になりません
- 判断:市内の施設やモニュメント、イベント会場にビーコンを設置して混雑状況を計測し、市が立ち上げた特設ウェブサイトの混雑マップ上で可視化しました。KPIは、この混雑マップを通じて人流が分散し、特定のスポットに集中し続けない状態を保てているか、に置いています
- 結果:どの施設がどれくらい混んでいるかを可視化し、待ち時間などを提示することで、混雑の緩和につなげました
- 再現条件:計測のインフラそのものに予算がついたことです。ビーコンがなければ、この指標は最後まで「体感」のままでした
「回遊を分散させる」は、本記事の前半で扱った測りにくいが意味のある指標の典型です。これを制度に通せた理由は2つあります。分散という概念を「施設ごとの混雑状況」という観測可能な形に翻訳したこと。そしてもう一つが、その翻訳先を実際に取りに行く手段に、予算が確保されたことです。翻訳だけしても、測る手段がなければ指標は動きません。
事例3|サイネージの「見られたか」をAIカメラで測る(京都府のある地域・進行中)
- 制約:府内の中心都市までインバウンドの観光客は来るものの、そこから先の周辺エリアへは流れてこない、という課題でした
- 判断:その中心都市にあるサイネージをジャックする形でコマーシャルを配信しました。KPIは「その表示にどれだけ接触してもらえたか」です。検証のためにAIカメラを設置しています
- 結果:現在進行中の案件のため、評価はまだ途中です
- 再現条件:サイネージは「出稿した」で終わりがちです。接触を測る手段を、出稿と同時に組み込んだことが要点になります
3件から言えること
並べてみると、KPIの射程を決めていたのは施策の重要度ではなく、計測手段に予算がついたかどうかでした。事例1では来訪の計測に予算がつかず、KPIはリーチで止まりました。事例2ではビーコンに予算がつき、分散という測りにくい指標を主KPIに置けました。事例3ではAIカメラを入れたので、表示への接触が数字になります。
ここから引ける実務上の結論は一つです。KPIを決めてから測り方を考えるのではなく、予算を組む段階で「何を測る手段にいくら充てるか」を先に決める。 順番が逆になると、測れない指標が残るか、測れる範囲まで目標が縮むかの、どちらかになります。前者は年度末に形骸化し、後者は事業そのものが小さくなります。
複数の主体を巻き込みながら地域の施策を積み上げた実装例としては、サウナで地域活性化|静岡サウナ協議会95団体・3県周遊への発展史と、大村湾モデル詳解|地域商社×拠点×派遣型マネージャー×自前メディアで地域を回す実装で扱っています。いずれも単一の主体では完結しない構造で、指標の合意そのものが実務の一部になっています。
やってはいけないこと
- 財源を確認せずに指標の議論を始める。 前提が違う人同士で指標を出し合うと、否定し合う形になります
- 地域全体の数字を事業の成果として出す。 観光入込客数も定住人口も、交付金の作法では直接性を満たしません
- 満足度を無条件に外す/無条件に使う。 制度によって扱いが逆になります。確認してから決めます
- 計測コストの重い指標を置く。 初年度は測れても、2年目に測られなくなります
- 測り方を決めないままKPIだけ先に決める。 計測手段に予算がつかない指標は、置いた時点から測れません。指標の議論と同時に、測る手段と費用も決めます
- KGIを主体ごとに別々に持つ。 中間KPIは分けてよいですが、目的地が分かれると優先順位が最後まで揃いません
- 未達だったときに指標だけを下げる。 ガイドラインは、KPIや目標水準の妥当性そのものを外部有識者を含めて検証することを求めています。事業計画側に原因があることもあります
まとめ
地域マーケティングのKPIが揃わないのは、担当者の力量の問題ではなく、財源の制度ごとに「良い指標」の定義が違うからです。地方創生関係交付金は客観性・直接性・妥当な水準を求めて満足度を退け、観光庁のDMO登録要件は住民満足度と来訪者満足度を必須KPIに置いています。
だから最初にやるのは、指標の候補出しではなく、その予算がどの制度から出ているかの確認です。そのうえで、関係の質のような測りにくい指標は、行動の痕跡へ翻訳して制度に通します。そして成果が出るまでの長い時間を、追いやすい中間KPIで支える。中間KPIの良し悪しを決めるのは、厳密さより、測り続けられるかと、意欲を折らない水準かどうかです。
もう一つ、実務で効くのが順番です。KPIを決めてから測り方を考えるのではなく、予算を組む段階で「何を測る手段にいくら充てるか」を先に決める。 当社が関わってきた自治体・地域の案件でも、KPIをどこまで置けるかを決めていたのは、施策の重要度ではなく計測手段に確保できた予算でした。
地域の施策のKPI設計や、複数主体での合意形成についてのご相談は、お問い合わせフォームからご連絡ください。いま置いている指標と、その財源が何かを一覧にしていただくと、初回から具体的な話に入れます。
関連記事
- 地域マーケティングとは|地方企業・自治体が押さえる全体設計
- 地域創生マーケティングとは?地方創生との違い・デジタル活用の進め方とKPI
- エリアファンマーケティングとは|地域メディアとリアル接点でエリアの関心層をファン化する中位レイヤ設計
- 店舗販促のKPI設計|天候・客数・施策の交絡を切る比較フレーム
- SNS運用のKPI設定|フォロワー数を捨て、目的別KPIツリーで設計する
- 大村湾モデル詳解|地域商社×拠点×派遣型マネージャー×自前メディアで地域を回す実装
よくある質問(FAQ)
Q1: 地域マーケティングのKPIは、結局どれを見ればいいんですか? 一つに決まりません。財源の制度によって求められる作法が違うためです。交付金なら客観的で直接性のある実測値、DMO関連なら手引書で定められた必須KPI、自社予算なら関係の質のような指標も置けます。まず財源を分解してから指標を決めてください。
Q2: アンケートの満足度は使ってはいけないんですか? 制度によります。地方創生関係交付金では、主観的な指標として慎重に扱うべきとされています。一方で観光庁のDMO向け手引書では、来訪者満足度と住民満足度が必須KPIに入っています。同じ地域の施策でも扱いが逆になるので、財源から確認してください。
Q3: 単年度予算だと、継続的な取り組みはできないのでしょうか? できます。地方自治法には継続費(第212条)、繰越明許費(第213条)、債務負担行為(第214条)という、年度をまたぐための仕組みが用意されています。ただしいずれも予算として定めておく必要があるので、施策が始まってからでは使えません。予算編成の段階で決めます。
Q4: 中間KPIは何個くらい置くのが適当ですか? 数より、測り続けられるかで決めてください。ガイドラインも、目標達成の手段は一つとは限らないため複数のKPIが設定され得るとしています。ただし、初年度に測れても2年目に誰も測らなくなる指標は、設計として失敗です。計測の担当と頻度を決められる数に収めるのが現実的です。
Q5: 行政側が置いた指標に納得できないときは、どうすればいいですか? その指標がどの制度の要件から来ているかを確認するところから始めてください。制度上の必須項目であれば動かせません。その場合は、制度に出す指標とは別に、自分たちが施策を判断するための指標を持つ形にします。両方を同じものにする必要はありません。
Q6: KPIが未達だったとき、まず何を疑うべきですか? 指標そのものと目標水準を疑ってよいです。ガイドラインも、思うように到達しない場合には事業計画や事業体制が適切でないケースに加えて、設定されたKPIや目標水準が原因のケースもあるとしています。そのうえで、KPIの適切性と水準の妥当性について外部有識者による検証を行うことを求めています。
参考文献
- 内閣府地方創生推進事務局「地方創生事業実施のためのガイドライン(地方創生関係交付金を活用した事業の立案・改善の手引き)」(取得日:2026-08-22)
- 観光庁観光地域振興課「観光地域づくり法人(DMO)によるKGI・KPI計測に係る手引書 ver1.0」(令和7年4月、取得日:2026-08-22)
- e-Gov法令検索「地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)」第208条・第212条・第213条・第214条(取得日:2026-08-22)
- 後藤晃『マーケティングで挑む地域創生』(2025年・AmazonPOD)
最終更新日:2026-08-25/初回公開 著者:後藤晃(株式会社デジタルプロモーション 代表取締役社長)。著書『マーケティングで挑む地域創生』(2025年)、シェア出版『「ゼロイチ」の挑戦 Vol.2』第10章寄稿。地域マーケティング・エリアマーケティングの実装支援を専門領域とする。