結論:分けるべきなのは組織ではなく「主語」
同じ地域で、DMOと自治体の広報課が、同じ祭りの写真を別々に撮っていることがあります。同じ飲食店に、二か月のあいだに二度、別の担当者から取材依頼が届くこともあります。
どちらもきちんと仕事をしています。それでも重なります。理由は担当者の連携不足ではなく、発信の主語が違うからです。DMOは「来てもらう人」を主語に置き、自治体広報は「住んでいる人」を主語に置きます。主語が違えば、同じ地域資源でも切り取り方が変わり、必要な素材が変わり、依頼先が同じでも依頼の中身が変わります。
ここで打ち手を「窓口の一本化」に置くと、たいてい失敗します。観光と定住は本来ターゲットが違うので、メッセージを統合すると両方が鈍るからです。必要なのは統合ではなく、どこを共有し、どこを分けるかを決めておくこと、つまり分界の設計です。
この記事では、制度が実際に何を言っているのかを一次資料で確認したうえで、業界内で論じられてきた2つの主語に、現場でもう1つ増える主語を重ね、分界の置き方までを書きます。
まず制度を確認する:観光庁の定義には「誇りと愛着」が入っている
DMOの記事を読むとき、最初に押さえておきたいのは、制度側が想像より広い範囲を書いているという事実です。
観光庁は観光地域づくり法人(DMO)を、次のように定義しています。
地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに、地域への誇りと愛着を醸成する地域経営の視点に立った観光地域づくりの司令塔として、多様な関係者と協働しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定し、着実に遂行する機能を備えた法人
── 観光庁「観光地域づくり法人(DMO)とは?」(最終更新 2026年7月24日)
「稼ぐ力」だけではありません。「誇りと愛着」は定義そのものに入っています。 シビックプライドは自治体広報の専売ではなく、制度上はDMOの目的にも書かれている、ということです。
さらに観光庁は「基礎的な役割」として5つを挙げています。
- 各種データの継続的な収集及び分析、明確なコンセプトに基づく観光地経営戦略の策定及び進捗管理
- 地域における役割分担に応じた着地整備をはじめとする戦略に基づく取組の遂行と、関係者が実施する観光関連事業との整合性を確保するための調整や仕組みづくり
- 多様な関係者との体制構築及び合意形成
- 上記を達成するために必要となる組織の確立と強化
- 上記を達成するために必要となる財源の確保
そして注記に、こう添えられています。
DMOと関係者間の適切な連携と役割分担が重要です。
[解釈] つまり「役割分担が語られていない」という批判は成り立ちません。制度は言っています。では何が足りないのか。宛先です。
観光庁がここで言う「関係者」は、文脈上、観光に関わる事業者・交通・ガイドなど、着地整備に関わる面々です。役割分担の相手として、自治体の広報課や移住定住担当は想定されていません。制度の射程はあくまで観光地域づくりの内側にあり、そこから外へは伸びていない。この記事が扱うのは、その外側です。
業界の中では、主語は2つで論じられてきた
DMOと観光協会の違いは、業界内でかなり明快に整理されています。
公益財団法人日本交通公社の山田雄一氏(理事/観光研究部長)は、両者の違いをこう書いています。
観光協会(Tourism Organization)とDMOの違いは、端的に言えば、観光協会では行動原理が事業者視点であるのに対し、DMOは顧客視点であるということです。
そして事業者視点の帰結を、こう説明しています。
事業者視点では、不利益を生じる事業者がいる取り組みを進めることができません。つまり、「誰も反対しない」取り組みしかできないことになります。
具体例も添えられています。宿泊施設や飲食店を紹介するとき、事業者視点なら会員をすべて並べ、紹介文も当たり障りのないものになります。顧客視点なら、ターゲットに合う事業者を優先し、紹介文もそのターゲットに響く言葉を選べます。
ここで注目したいのは、この議論が「主語が2つある」という形で組み立てられていることです。地域の事業者を主語に置くのか、来訪する顧客を主語に置くのか。そのどちらを行動原理にするかで、出てくるアウトプットが変わる。DMO論の核心はここにあります。
山田氏はさらに法人格の話へ進み、一般社団法人は会員(社員)が理事を選び、年会費が基礎的な収入であるため事業計画も単年度になりやすいこと、一般財団法人は第三者的な評議員会が理事を選び、基金を持つことで中長期の事業計画を立てられることを対比しています。結論は「結局は運営の問題」ですが、進めやすい法人形態を先に選んで実績を出すアプローチも検討すべきだ、という提案で締められています。
主語の話が、意思決定の構造と資金の時間軸にまで及んでいるわけです。ここまでは業界内でよく整理されています。問題は、現場ではもう1つ主語が増えることが、ほとんど書かれていないことです。
現場では、主語が3つになる
自治体側から地域を見ると、地域資源を扱う主体はDMOだけではありません。
- DMO:来訪者の消費額、宿泊数、周遊。主語は「来てくれる人」
- 観光協会:地域の事業者。主語は「会員の事業者」
- 自治体の広報・シティプロモーション・移住定住:住民の誇り、定住、関係人口。主語は「住んでいる人・これから住むかもしれない人」
同じ祭り、同じ食、同じ景観、同じ温浴施設を、3つの主語が別々に扱います。
実際、自治体職員を読者に想定したDMO解説記事を実読しても、内容は観光プロモーションとデータ分析に閉じており、シビックプライドや移住定住との関係には触れられていません(MicroAd machiage「DMOと観光協会の違い」)。DMOと観光協会の違いは「顧客視点/事業者視点」で説明されますが、そこに住民視点は登場しません。
[解釈] 制度は「誇りと愛着」を定義に書き、解説記事は自治体職員を読者に置いている。それなのに、住民を主語にする部署との関係だけが、どこにも書かれていません。 現場で起きている摩擦は、まさにその空白の場所で起きています。
主語が並走すると、現場で何が起きるか
3つの主語が調整なしに走ると、次の3つが起きます。どれも小さな損失ですが、毎年繰り返されます。
1. 素材の撮り直し
DMOは来訪者向けに、賑わいと非日常が伝わる画を撮ります。広報課は住民向けに、生活のなかにある風景として同じ祭りを撮ります。狙いが違うので、どちらの判断も正しい。ただ、同じ日に同じ場所へ二組が入り、翌年も同じことが起きます。
素材の要件は本来もっと細かく分けられます。撮影の段階で「両方の用途に耐える形」で押さえておけば、一度の撮影で足ります。この考え方は販促素材のワンソース・マルチユース設計で扱った、面ごとの仕様差を先に把握してから撮る手順とまったく同じです。
2. 事業者への二重の依頼
地域の飲食店や宿にとって、DMOも観光協会も市役所も「地域から来た依頼」です。取材、写真提供、アンケート、イベント出店の打診。送り手の側では別の事業でも、受け手の側では同じ相手からの依頼が続いているように見えます。
協力してくれる事業者ほど負荷が集中します。そして負荷が閾値を超えたとき、断られるのはたいてい後から来たほうです。順番の問題であって、事業の重要度とは関係がありません。
3. 同じ月に似た企画が並ぶ
秋の食、冬のイルミネーション、春の桜。季節性のある地域資源は、放っておくと全員が同じ月に企画します。住民から見ると「今月は市の企画とDMOの企画が両方ある」という状態になり、どちらも動員が伸びません。
分界の設計:どこを共有し、どこを分けるか
打ち手は統合ではありません。ターゲットが違うものを一本にすると、メッセージが鈍ります。決めるのは、共有する層と分ける層の線引きです。
表にすると、共有すべきなのは素材・依頼窓口・カレンダーの3つに集約されます。いずれも「地域の外に出す前」の工程です。外に出したあとのメッセージとターゲットは、むしろ分けたほうがよい。 分界の線は、発信の手前に引きます。
誰が調整役を持つのか
3つの主語をまたぐ調整を、誰が持つか。ここが決まらないと表は絵に描いた餅になります。
観光庁がDMOの基礎的な役割に挙げた3つ目は「多様な関係者との体制構築及び合意形成」です。制度上、調整機能はDMO側に置かれています。
[解釈] ただし現実には、DMOが自治体の広報課や移住定住担当を「関係者」として招集できるかは、地域によってかなり違います。DMOの財源が行政からの拠出に依存している場合はなおさらです。制度上そう書いてあることと、実務でその調整力を発揮できることは別の問題です。
対立する読み方も置いておきます。「調整役は自治体が持つべきだ」という考え方も成り立ちます。広報・移住定住・観光の所管はいずれも庁内にあり、庁内の横串は本来自治体の仕事だからです。この立場を取るなら、DMOは観光の実行主体に徹し、主語をまたぐ調整は企画部門が担う形になります。
どちらが正しいかは地域の体制によります。決めるべきは正解ではなく、「今年は誰が持つか」を明文化することです。持ち主が空欄のまま年度が始まると、必ず前述の3つが起きます。
主体が分かれたまま回した実例:大村湾モデル
弊社が当事者として関わっている長崎県の大村湾では、観光と地域経済の主体が最初から分かれています。地域商社、滞在拠点、派遣型のマネージャー、自前のメディア。それぞれ別の主体が別の役割を持ち、そのうえで素材と情報を共有しています。
詳しくは大村湾モデル詳解に書きましたが、この構造で効いているのは、主体を統合しなかったことです。統合すると意思決定が遅くなり、各主体が持っていた機動力が落ちます。分かれたまま、共有すべき層だけを共有する。前節の表と同じ考え方です。
DMOでない形で機能した例:静岡サウナ協議会
もう一つ、DMOという枠組みを取らずに動いた例を挙げます。
静岡サウナ協議会は、県内のサウナ施設・関連事業者が集まって発足し、95団体規模まで広がったのち、県の委託事業を受け、静岡・山梨・長野の3県周遊にまで展開しました。経緯はサウナで地域活性化|静岡サウナ協議会95団体・3県周遊への発展史にまとめています。
この協議会は観光地域づくり法人(DMO)ではありません。登録も受けていません。
[解釈] ここで書きたいのは、DMOという形が要らないという話ではありません。この地域では、この形が機能したという事実の提示です。機能した理由を主語の観点で読むと、こうなります。事業者(サウナ施設)が主語のまま集まり、そこへ県の委託という形で行政の主語が後から乗りました。順番が逆──先に器を作って事業者を集める──だったら、同じ速さでは動かなかったはずです。
裏返して言えば、すでに事業者が動いている地域と、これから動かす地域では、置くべき器が違います。 DMOを検討している自治体にとって、この違いは効きます。動いている主体があるなら、器を先に作るより、その主体に行政の主語を乗せるほうが早いことがあります。
指標の話はここでは扱いません
主語が3つあると、当然ながら指標も3系統になります。消費額・宿泊数で測るもの、事業者の売上で測るもの、認知・誇り・転入で測るもの。
この論点は地域マーケのKPI設計詳解で、DMOのKGI・KSF・KPIの二階建て構造まで含めて詳しく書いています。財源ごとに違う指標の作法、測りにくい指標を制度に通す手順も同じ記事にまとめました。この記事では重複させず、そちらへお送りします。
明日から動かすなら、順番はこの3つ
- 今年の調整役を1人決めて、名前を書く。 組織ではなく個人名で決めます。DMO側か企画部門かは地域の体制次第です。空欄で年度を始めないことのほうが大事です
- 年間カレンダーを1枚にする。 DMO・観光協会・広報・移住定住の企画を、月ごとの列に並べるだけで、重複はその場で見えます。システムは要りません
- 次の撮影を一本化する。 直近で予定している撮影を1件選び、両方の用途の要件を先に洗い出してから撮ります。1回で効果が出るので、庁内の説得材料になります
まとめ
- 観光庁の定義には「誇りと愛着」が入っており、基礎的な役割にも「役割分担」「合意形成」が明記されています。制度が語っていないわけではありません
- 足りないのは語ではなく宛先です。役割分担の相手として、自治体の広報課・移住定住担当は想定されていません
- 業界内では主語は2つ(事業者視点/顧客視点)で論じられてきました。現場ではここに住民視点が加わり、3つになります
- 主語が調整なしに並走すると、素材の撮り直し・事業者への二重依頼・企画の重複が毎年起きます
- 打ち手は統合ではなく分界です。共有するのは素材・依頼窓口・カレンダーの3つ。メッセージとターゲットはむしろ分けます
- 決めるべきは正解ではなく、今年の調整役を誰が持つかです
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- Instagramで地元客に届かせる設計|商圏を指定できる面・寄せる面・待つ面:住民向けの面の設計
よくある質問(FAQ)
Q1: DMOと観光協会は、統合したほうがよいですか? この記事の射程では判断できません。統合の是非は、地域の事業者との距離、財源、意思決定の速さで決まります。参考になるのは、山田雄一氏が整理した法人格の違いです。一般社団法人は会員が理事を選び、年会費が基礎収入であるため単年度の計画になりやすい。一般財団法人は評議員会が理事を選び、基金を持つことで中長期の計画が立てられる。同氏の結論は「結局は運営の問題」で、進めやすい形態を先に選んで実績を出すアプローチも検討すべきだ、というものでした。
Q2: 自治体側の担当ですが、DMOとの調整を誰が持つべきですか? 制度上は、DMOの基礎的な役割に「多様な関係者との体制構築及び合意形成」が入っています。ただし実務では、DMOが庁内の広報課や移住定住担当を招集できるとは限りません。庁内の横串は自治体の仕事だという整理も成り立ちます。どちらでも構いませんが、年度の初めに名前を決めて書いておくことをおすすめします。空欄のままだと調整は起きません。
Q3: DMOがない地域では、どうすればよいですか? 先に器を作る必要は必ずしもありません。すでに動いている事業者の集まりがあるなら、そこへ行政の主語を後から乗せるほうが早い場合があります。静岡サウナ協議会は事業者が主語のまま集まり、あとから県の委託を受けて3県周遊まで広がりました。逆に、動いている主体がまだない地域では、器と人を先に置く必要が出てきます。
Q4: 主語を分けると、住民に「同じ地域なのにバラバラだ」と見えませんか? 見え方が割れるのはメッセージの層です。ここは分けたままで構いません。住民が違和感を持つのはむしろ、同じ月に似た企画が二つ立つときや、同じ店に二度取材が入るときです。共有すべき層(素材・依頼窓口・カレンダー)を共有していれば、バラバラには見えません。
Q5: 効果はどう測ればよいですか? 主語ごとに指標系統が分かれるため、この記事では扱っていません。DMOのKGI・KSF・KPIの二階建て構造、財源ごとに違う指標の作法は地域マーケのKPI設計詳解にまとめています。
Q6: 撮影の一本化は、実際どのくらい手間が減りますか? 削減幅は事業の規模によります。効いてくるのは撮影費そのものより、事業者と住民の拘束回数です。祭りや店舗の撮影は先方の協力が前提なので、回数が減ると翌年以降の協力が得やすくなります。要件の洗い出し方はワンソース・マルチユース設計の記事に手順を書いています。
観光の主語と自治体の主語をどこで分けるか、素材と依頼窓口をどう共有するかについてのご相談は、お問い合わせページからお気軽にどうぞ。地域商社や協議会の立ち上げに当事者として関わってきた立場から、うまくいかなかった型も含めてお話しします。
参考文献
- 観光庁「観光地域づくり法人(DMO)とは?」(最終更新 2026年7月24日/取得日 2026-09-07)
- 山田雄一「観光協会とDMOは何が違うのか? 法人格の視点から意思決定プロセスの改善を考えた」トラベルボイス、2019年8月17日(初出:Discussion of Destination Branding「DMOの法人格」/筆者は公益財団法人日本交通公社 理事・観光研究部長)
- MicroAd machiage「DMOと観光協会の違い」(取得日 2026-09-07)