AIを何から始めるか。この問いに対する答えは、いま世の中でほぼ揃っています。業務を棚卸しして、効果が出そうなものを1つ選び、小さく試して、効果を測る。手順として間違っていません。当社もこの順番で進めました。
ただ、この手順の手前に、決まっていないと全部が空回りする分岐がひとつあります。
そのAIを、社内で使うのか。それとも、外に出すものに使うのか。
議事録の要約と、来月配るチラシの文面。どちらも生成AIで作れます。ツールも同じで構いません。ところが、必要な体制と、着手すべき順番は別物です。前者は失敗しても社内で止まりますが、後者は間違えたまま顧客や住民の目に届きます。
この記事は、AI活用の入口に立っている地方企業の経営者と、自治体の担当者に向けて、その分岐の置き方を整理します。個別の判断の中身(どの業務から手をつけるか、棚卸しをどう書くか)は当社の別記事に譲り、ここでは決めるべき順番と、分岐したあとに何が変わるのかだけを扱います。
結論:最初に決めるのは、ツールではなく「どちら向きに使うか」
先に結論を置きます。
AI活用の設計は、次の2つを分けたところから始まります。
- 内向きの利用:議事録、文書作成、社内データの整理、見積の下書き、問い合わせ内容の分類。成果物は社内で止まります
- 外向きの利用:チラシやPOPの文面、SNS投稿、広報紙、サイネージのコンテンツ、商品説明、住民向けの案内。成果物は顧客や住民の目に触れます
この2つは、同じ「生成AIの導入」という言葉で語られます。実際、契約するツールは同じで構いません。しかし求められる確認の重さが違い、間違えたときに起きることが違い、そのために必要な体制が違います。
そして、ここが本題ですが、着手する順番の決め方そのものが違います。
内向きの定石は「頻度が高く、定型で、失敗しても社内で止まる業務から」です。ところが外向きでは、この基準がそのまま使えません。頻度が高い外向きの業務は、たいてい失敗が外に出る頻度も高いからです。毎日投稿するSNSは、毎日事故る機会があるという意味でもあります。
分岐を決めずに進めると、次のどちらかが起きます。内向きの基準で外向きの業務を選んでしまい、チェックが追いつかずに止まる。あるいは外向きの慎重さを内向きにも持ち込んで、議事録の要約にまで承認フローを作り、誰も使わなくなる。
決めるのは、ツールの前です。
AI活用の入門記事は、そろって社内の話をしている
この分岐が語られていないことを、実際に確かめました。「中小企業 AI 導入 進め方」「地方企業 AI活用 何から」といった検索で上位に出る解説記事を5本読み、扱っている範囲を整理したものが次の表です。
5本とも、扱っているのは社内業務です。文書作成、議事録、問い合わせ対応、データ入力。どれも妥当な出発点で、この記事もそれを否定しません。
[解釈] 外向きの活用が語られていないわけではありません。「AI集客」「AIマーケティング」という別のジャンルとして、別の記事群が存在します。問題は、その2つが交わらないことです。「何から始めるか」を扱う記事は社内の話をし、「AIで集客する」を扱う記事は手法の話をする。同じ記事の中で「あなたの会社はどちらから入るべきか」を分岐として立てたものが、見つかりませんでした。
もっとも、これを「競合が手を抜いている」と読むのは正しくありません。別の読み方もできます。大半の企業にとって、内向きから入るのが実際に正解だから、そう書かれているという可能性です。この読み方も成立します。
ただ、地方企業と自治体には事情があります。人手が足りないのは事実ですが、同時に「知られていない」ことが経営課題になっている組織が多い。商圏に知られていない企業、選ばれていない自治体。その状態で内向きの効率化だけを進めても、空いた時間の行き先が決まりません。だからこの層に限っては、外向きを最初から視野に入れる価値があります。
社内で使うか、外に出すかで、何が変わるのか
分岐したあとに何が変わるのかを、6つの観点で並べます。
この表で一番大事なのは、最後の行です。
内向きの「最初の1つ」は、頻度で選べます。 毎日発生する定型作業ほど、効果が早く出て、本人が実感できて、社内に広がります。定石どおりです。
外向きの「最初の1つ」は、頻度では選べません。 選ぶ基準は「差し戻せるか」です。公開までのどこかに、人が必ず一度手を入れる工程があるかどうか。ここが分かれ目になります。
外向きに振ると、着手順そのものが入れ替わる
具体的に並べてみます。外向きの業務を「差し戻せるか」で並べ替えると、頻度で並べた場合と順番が逆になります。
頻度で選べば、最初に手をつけるのは自動応答やSNS返信になります。件数が多く、負荷も大きいからです。ところがこの2つは、公開前に人が入る余地がありません。 AIの出力がそのまま外に出ます。
一方、印刷物の文面は発生頻度こそ低いものの、校正と印刷という工程が最初から組み込まれています。AIが間違えても、人が必ず一度読む。 ここは事故が起きにくい。
[解釈] つまり外向きに振るなら、着手順は「頻度が高い順」ではなく「工程に人が残っている順」で決めることになります。 内向きの定石をそのまま持ち込むと、いちばん危ないところから手をつけることになりかねません。
なお、これは「自動応答をやってはいけない」という話ではありません。順番の話です。印刷物やサイネージで型と品質基準を作ってから、その基準を自動応答に持ち込む。逆にすると、基準がないまま外へ出すことになります。
外向きの成果物を複数の面へ展開するときの工程設計は、販促素材のワンソース・マルチユース設計で扱っています。面ごとの仕様差を先に押さえる手順は、AIを使う場合も変わりません。
最初に決める3つ(対象業務・着手順・体制)
分岐を決めたら、決めるものは3つです。この記事では枠だけ示し、それぞれの判断の中身は別記事に譲ります。
1. 対象業務
自社の業務を書き出して、AIを当てる候補を絞ります。当社は自社業務を36件に棚卸しし、10カテゴリに分類しました。使ったフォーマットはAI内製化の4か月|業務棚卸し36件から、営業SFAを自社開発するまででそのまま公開しています。列の設計と、実際の36件の分類はそちらをご覧ください。
2. 着手順
候補が並んだあと、どれから手をつけるか。ここは一般に言われている基準と、当社の実データが食い違った部分です。「簡単で効果が高い業務から」という通説が、3列(優先度・工数・経営インパクト)で並べたときに成立しませんでした。詳しくはAI導入の着手順|「やりやすい業務から」で始めると、効かないものばかり片付くで検証しています。
なお、この検証は内向きの業務を対象にしたものです。外向きに振る場合は、前章の「工程に人が残っている順」を重ねてください。
3. 体制
誰が使い、誰が通すか。内向きなら使う人がいれば始まります。外向きは、作る人と通す人を分ける必要があります。ここを決めずに外向きへ進むと、作った本人が自分で通すことになり、確認が形だけになります。
推進担当を誰にするか、研修をどう設計するかは、別途扱う予定です(クラスタ内の別記事で公開します)。
自治体の場合:国はどこまで言っているか
自治体には、民間にはない前提があります。国が方針を出しています。
総務省は2025年12月16日、「自治体におけるAI活用・導入ガイドブック」の改訂版(第4版)を公表しました。改訂の概要資料から、この記事の論点に関わる部分を引きます。
生成AIの利用目的に応じて求められる正確性の水準が異なることを意識し、生成物を人が確認するルールを設定。
外国語翻訳などの用途によっては、誤りが含まれる可能性があることを明示した上で、生成AIによる出力結果を表示。
── 総務省「自治体におけるAI活用・導入ガイドブックの改訂について(概要)」
ガバナンスについても踏み込んでいます。
AI統括責任者(CAIO)を設置するなど、AIの利活用・リスク管理における責任者を明確にする必要。
── 同上
[事実] 「用途によって求められる正確性の水準が変わる」ことを、国が明示しています。 さらに、住民向けの出力(外国語翻訳の例)について「誤りが含まれる可能性を明示した上で表示する」という具体的な運用まで示しています。つまり自治体においては、外向きの利用に関する考え方が、既に公的な文書として存在します。
[解釈] 2つの読み方ができます。ひとつは「自治体は先行している」。もうひとつは、同等のものが民間向けには存在しないという読み方です。地方企業の経営者が「AIで作ったチラシを、誰がどう確認して世に出すか」を決めようとしたとき、参照できる公的な枠組みはありません。前章で見たとおり、民間向けの解説記事も内向きの話に寄っています。
ただし、自治体側にも別の断層があります。同じ資料が示す導入状況です。
(令和7年10月31日現在。出所:総務省「地方自治体における生成AIの実証実験・導入状況等調査」)
都道府県と指定都市はすべて導入済みになりました。一方、その他の市区町村は45.6%です。実証中・導入予定・検討中まで含めると約88%に達しますが、実際に使い始めているのは半分に届きません。ガイドブックが整備されていることと、現場で使われていることの間には、まだ距離があります。この距離は体制の問題であって、ツールの問題ではありません。同じ構図はシティプロモーションとは|計画に書いてあるのに動かない理由と、少人数で続ける体制の設計でも扱いました。計画には書かれるが、体制が付いてこない。AIも同じ経路をたどりやすい領域です。
外部へ委託して進める場合は、シティプロモーションの業務委託|4市の仕様書を読み比べて分かった、後で困らない5つの条項も併せてご覧ください。AIが作った成果物を検収する基準を、仕様書のどこに書くかは、いま多くの自治体で決まっていない論点です。
業種別に見るとどうなるか
内向きと外向きの「最初の1つ」を、当社が支援している4つの領域別に置いてみます。
なお、ここで言う「外向き」は、AIを使うかどうかに関わらず、もともと地域マーケティングとして設計すべき領域です。全体の枠組みは地域マーケティングとは|地方企業・自治体が押さえる全体設計で整理しています。AIは、その枠組みの中の制作と分析の工程を速くする道具であって、枠組みそのものを置き換えるものではありません。
この4領域それぞれの詳細は、このあと順次公開します。本記事からリンクを追加していきます。
なお、外向きの発信を地域全体で扱う場合、主体が複数になることがあります。自治体の広報課、観光の担当、DMO、商工団体。同じ素材を別々に作ってしまう構造については地域DMOとマーケティング|観光の主語と自治体の主語が並走すると、現場で二重発注になるで整理しました。AIで制作コストが下がると、この重複はむしろ増えます。作るのが安くなるからです。
内製と外注の分かれ目
「自分たちで作るか、外に頼むか」も、内向きと外向きで判断が変わります。
内向きは内製に振りやすい領域です。使う人と作る人が同じで、失敗しても社内で止まり、要件が変わったらすぐ直せます。当社も営業のSFAを自社で作りました。
外向きは、判断が分かれます。品質の基準を外部に預けるか、社内に持つか。ここは金額だけでは決まりません。基準を社内に持てないまま外注すると、上がってきたものを評価できなくなります。
判断の目安をひとつ置くなら、「差し戻しの理由を言葉にできるか」です。上がってきた文面に違和感があったとき、「なんとなく違う」で止まるなら、基準がまだ社内にありません。その状態では、内製に振っても外注に振っても同じ場所で詰まります。先に少量を自分たちで作ってみて、判断の言葉を持ってから決めるほうが、結果的に早くなります。
費用の内訳と、内製が安くなる条件・高くつく条件は、別記事で扱います。
当社が自社でやった4か月
当社は2026年から、自社の業務にAIを入れる取り組みを続けています。正直に書くと、入口は内向きでした。業務を36件洗い出し、3列で並べ替え、最優先に来た営業のSFAを自社で作りました。記録はAI内製化の4か月にあります。
内向きから入ったこと自体は、いま振り返っても妥当だったと考えています。ただ、そのあと外向き(販促物の制作、自社メディアの運用)へ広げるときに、内向きで作った進め方がそのままでは使えませんでした。作る人と通す人を分ける必要があり、承認の線を引き直す必要があり、効果の測り方も変える必要がありました。
この記事で「分岐を先に決める」と書いているのは、そこで手戻りをしたからです。最初から2つの向きがあると分かっていれば、体制の設計を一度で済ませられました。
やってはいけないこと
- 内向きの基準で外向きの業務を選ぶ。頻度が高い外向き業務は、事故る頻度も高い業務です
- 外向きの慎重さを内向きに持ち込む。議事録の要約に承認フローを作ると、誰も使わなくなります
- 作った本人が自分で通す体制のまま、外向きへ進む。確認が形だけになります
- ツールの契約を先に決める。内向きと外向きで必要なものが違うと分かる前に契約すると、使わない機能に払い続けることになります
- 効果を時間だけで測る。外向きの効果は作業時間には出ません。反応・来店・問い合わせで測る設計が要ります
まとめ
この記事は、当社のAI活用に関する記事群の入口として置いています。個別のテーマ(業種別の使いどころ、社内ルールの作り方、費用の見方、AI検索時代の情報発信)は、それぞれの記事で順次扱います。
- AI活用の設計は、社内で使うか、外に出すかを決めるところから始まります。ツール選びはそのあとです
- 内向きと外向きでは、確認の重さ、必要な体制、効果の測り方が変わります
- 着手順の決め方そのものが変わります。内向きは「頻度が高い順」、外向きは「工程に人が残っている順」です
- 自治体には総務省のガイドブックがあり、用途に応じて正確性の水準を変えることが明示されています。民間向けには同等のものがありません
- 決めるものは3つ(対象業務・着手順・体制)。それぞれの判断の中身は、当社の実践記録と着手順の検証記事をご覧ください
AIをどこから入れるか、外向きの発信にどこまで使えるか、体制をどう組むか。地域に根ざした企業と自治体の現場で、当社が実際に手を動かしながら考えてきたことです。ご相談はAI開発・AI活用顧問からお問い合わせください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 結局、内向きと外向きのどちらから始めるべきですか。
大半の組織は内向きから始めて問題ありません。効果が早く出て、失敗しても社内で止まるからです。ただし「知られていないこと」が経営課題になっている場合は、外向きを最初から設計に入れてください。内向きの効率化だけを進めても、空いた時間の行き先が決まりません。
Q2. 小さな会社でも、作る人と通す人を分ける必要がありますか。
外向きの成果物については分けてください。人数の問題ではなく、役割の問題です。社員が5人でも、作った人以外の目が一度入れば足ります。同じ人が作って同じ人が通す状態が続くと、確認は形だけになります。
Q3. AIで作った文章を、そのまま外に出してよいですか。
出さないでください。自治体向けの総務省ガイドブックでも、生成物を人が確認するルールを設けることが示されています。用途によって求められる正確性の水準は変わりますが、外に出るものについては人が一度読む工程を残してください。
Q4. 何から手をつければ効果が早く出ますか。
内向きなら、毎日発生する定型的な業務です。議事録、文書の下書き、問い合わせの分類などが当たります。ただし「やりやすい業務から」という基準だけで選ぶと、事業の数字につながらないものばかり片付くことがあります。詳しくは当社のAI導入の着手順をご覧ください。
Q5. 業務の棚卸しは、どう書き出せばよいですか。
当社が実際に使った棚卸しのフォーマットと、36件の分類をAI内製化の4か月で公開しています。列の設計がそのまま着手順に効くので、先に列を決めてから書き出してください。
Q6. 自治体ですが、まだ庁内に導入していません。遅れていますか。
その他の市区町村の導入済は45.6%(令和7年10月31日現在、総務省)です。都道府県と指定都市は100%なので差は大きいものの、市区町村規模では導入済がようやく半数に近づいた段階です。実証中・導入予定・検討中まで含めると約88%なので、動き出してはいます。順番としては、庁内のガバナンス(責任者を誰にするか)を決めてから、ユースケースを選ぶほうが手戻りが少なくなります。
Q7. 費用はどのくらいかかりますか。
ツール代、構築費、定着にかかる人件費の3つに分けて考えてください。ツール自体は月額数千円から使えるものがあり、費用の中心はむしろ構築と定着です。内訳と、内製が安くなる条件については別記事で扱います。
Q8. AIを入れると、人は減らせますか。
当社の経験では、業務が消えるより「別の業務に置き換わる」ほうが多くなりました。生成物を確認する工程と、使い方を整える工程が新しく生まれます。減った時間を何に使うかを先に決めておかないと、効果が実感されないまま終わります。
参考文献
- 総務省「自治体におけるAI活用・導入ガイドブック<導入手順編>(第4版)」の公表(令和7年12月16日) https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei04_02000155.html
- 総務省「自治体におけるAI活用・導入ガイドブックの改訂について(概要)」 https://www.soumu.go.jp/main_content/001045562.pdf
- 総務省「自治体におけるAI活用・導入ガイドブック<導入手順編> 令和7年12月(第4版)」 https://www.soumu.go.jp/main_content/000820109.pdf
- 総務省「地方自治体における生成AIの実証実験・導入状況等調査」(令和7年10月31日現在) https://www.soumu.go.jp/main_content/001070295.pdf
- 株式会社トムス「中小企業のAI導入ガイド|生成AIの始め方とおすすめの進め方」 https://www.e-toms.com/column/ai_guide/
- dec-ai「中小企業のAI導入 進め方|失敗しない5ステップとロードマップ【2026】」 https://www.dec-ai.com/blog-ai-adoption-steps-2026
- 株式会社LiftBase「人を増やせない地方の中小企業が、AIで現場を回し始めるまでの3週間」 https://liftbaseinc.com/column/ai-rural-sme-getting-started